リベルテールの社会学

隈栄二郎のブログ ―生きている人間の自由とは、私の自由と、あなたの自由のことだ。そして社会科学とは、この人間の自由を実現する道具だ。

民主主義の本質とは何か

 こんにちは。東京地方、夕方はどこもかしこも酷い雨。雨雲レーダーは一番悪化の紫色。雨のもともと少ない当家近辺でも雨で外の世界が白く濁ってたよ。
 街の鳥は軒先があってかえって良いねえ。林の蝉なんかは息できるかねえ、、
 ところで、昼間シャーシャーと鳴くのはクマゼミ? 関西のクマゼミが昨今当家の近くに来るんだけどさ。ウィキペディアによるとどうも50年で100キロほど北上したことになるけど、そんなのあり? 1年で2キロ移動だよ、どうやって? わたしの感覚だと蝉ごときは1年で100メートル動くのがせいぜいじゃないかね。誰だって生まれたとこがいいでしょ? 親もそのつもりで卵産む場所決めてんだしさあ、しかも蝉の命なんか長くたって数週間、、、おかしいやね、1年に2キロも。1匹2匹ならそりゃいるだろうけどさ、違うよ、地域を覆うんだから。
 人に教えるんなら根拠のあることを言って欲しい。

 またところで、この夏疑い出したことだけど、ダニの刺傷の遅延炎症なんてほんとにあるのかねえ、、ダニってさあ、マダニを除いては、つまり、家に巣食うダニは、刺されてもすぐ腫れないことになってんだよ。「ダニ刺されは、刺されてから数時間後から数日後にかゆみを発症する場合が多いです」(日革研究所)なんちゃってさ、なんだよ数日後って。見てたのかよ。
 ほんとはただの皮膚アレルギーなんじゃないかねえ、「それが集約して現れる」ってとこがポイント。そう考えれば証明の仕方もまた違うんじゃないの? もちろん証明したって薬屋も本人も得しないからやらないんだろうけどさ。だけどぜんぜん刺された(食われた)気しないし。根拠? ただの感性。
 「それが集約して現れる」機序って、解明されるとほかにも使えると思うんだけどね、私が皮膚科医なら考えるけどなあ、、
 あ、ちなみに、かゆみの取り方みんな知らないでしょ。あんなの自己免疫反応だからさ、他者免疫に変えればいいんだよ。具体的には「かき壊す」。傷から黴菌が入って体はそっちの対応に追われるからさ。といって、これは自己責任範疇です。とりわけ免疫不全の人はやってはいけません。

 ま、いいや。
 今日はちょっとまともにニュースの取り上げ。みなさま新聞も週刊誌もみないからね。
「「とうとう来たか」トランプ政権が経済制裁…ICC赤根智子所長が明かしていた「アメリカの制裁による存亡の危機」」(文春オンライン)
 トランプが国際刑事裁判所に指弾されたのが気に入らなくて、アカネヲシマツシロ、といったようだよ(趣旨)。
 ま、所長は日本人だからいいとして、アメリカ人関係者はひどい目にあってるようでさ、いやだね権力者は。
 で,ICC=国際刑事裁判所自体もあぶないってさ。赤根氏いわく、
「(ひどいのは)ICCそのものが制裁対象になる場合です。そうなれば、世界中のあらゆる銀行や企業がICCとの取引をストップさせる可能性があります。職員に給与が払えなくなり、組織のあらゆる機能がマヒするかもしれない。」
 「ウクライナやアフリカに設置している捜査や公判のための事務所にも送金できなくなるでしょう。また、先に述べたようにICCのITCシステムはアメリカ企業によるものですから、これが維持できなくなり、電子データの保管にも問題が生じるかもしれない。武装組織などから危害を加えられないようICCで保護している被害者や証人たちの安全が確保できなくなる心配もあります。裁判自体に支障が出るようなことがあれば、拘束している被疑者や受刑者を釈放せざるをえなくなるかもしれない、、、」
 てのがトランプの一存でできるんだってさ。もともと国際法だからね、ただの権力のバランス、正義も何もないさ。

 さて、ここまでは社会科学は関係ない。
 今日の社会科学は、っていうより、本借りてバカを見た問題は、民主主義。これで借りるんじゃなくて買ってたら発狂すんじゃん、何回もごちそうが食べられるほど読んだのだ、これらを買った人がいるって!! 

 でさ、50年前の知識を繰り返すのは何の害もないからいいとして、新しいことを言おうとするやつがいる。つい2,3日前の朝日新聞評論にも外人でそんなのがいてさ。
 要は自分のことを棚に上げて、愚かな人民どもに選挙なんかさせるな。政治は高級民がやる、とかいいやがるやつ(趣旨)。
 多くの日本文化圏人、あるいは東大系政治学者はさすがにそうは言わないけれど、日本人でも毛等文化圏民は平気なのだよ。ま、ただ笑止だけどね、だけど機嫌の悪い今なんかはバカな非国民としか言いようがない。だってそんなやつに限ってウヨなんだもの。おかしいだろ、なんで非国民のくせにウヨを張れるんだよ、って日本人じゃないからいいんだね。

 ま、アナキストが右翼の真似をするとマルキストが「そらみたことか」というからやめておいて、
 で論の根拠を言うよ。

 要は、民主主義の本質とはなにか、ということだ。

 「民主主義」は、法制度でもなければ理想追及の思想でもない。人民が自己の自由を求めるために、「国家構成員」の範囲を支配者へ向けて拡大しようとする志向なのだ。
 それは法制度ではないから政治学者が自分の偏向した評論の根拠とするような「本当の」民主主義などというものはありえない。あるいはそれは思想ではないから政治学者がどんな御託を並べようと、政治学者内部の井戸端会議でしかない。
 そもそも政治思想などというものは、時の支配層という自己規定が本当の支配者に受け入れられない人間のグチに過ぎない。
 まあグチも支配層自任者の量的増大に従って耳にタコの聴講者が増えるわけだが、支配層自任者の権力実質が薄れていくから新しい評論も出てくるわけだ。
 これが民主主義の本質。それは志向だから、志向を持つ人民の状況に応じて姿を変える。
 「戦後民主主義」?? そんなものはない。ないが、民主主義は戦後の人民が営々と形作ってきたものなのだ、ネットウヨの存在も含めてその自由の志向は、もちろん人民の財産だ。変か?? 変なのは政治「学」が変であるからに過ぎない。本当の社会科学というものはそういうものだ。

 

オカルト(番外;個的生体細胞の孤独)

  あるいは、【団まりな氏「細胞の意思」への見解】

 

(あれれれ、私のパソコンだとブログデザインが壊れてる。なぜ???

 8月15日、ちょっとほっておくね。)

(8月17日、はてなのデスクに聞いたらすぐに答えてくれた。プライバシーが「厳重」だとまずくなったもよう。まあ「普通」 (edgeだと「バランス」)でもいいんだけどね、悪いやつがいるからね。)

 

 こんにちは。ここんとこ東京地方涼しくて。といってお盆期間だから、悲しんでる人のほうが多いよね。もう関東の海はクラゲでおしまいだし、山は熊だし。何事も行いだね、誰の行いか知らないけど。
 なんて思ってたら千葉は大雨。どうして朝のNHKニュースは人の気持ちを暗くすることしか流さないのかねえ、ニュースなきゃ昔の悲劇をほじくり返して流すし。もう長いこと楽しい朝食を食べた記憶がないよ、ってそんなこと一度でもあったっけ。
 だいたいあっちでもこっちでも夏祭り期間じゃん、香具師の屋台とか、土砂降り何度も食らっちゃたまらんばい。

 今週は家人が写真の整理をするというんでお付き合い。死んで大変なのが写真の整理なんだってさ。私の経験ではそんなの右から左に棄てるしかないやね、そもそも他に山のような作業があんだよ、それどこんじゃあんめい。
 ま、しょうがなくてつきあったら自分の20代の時の写真があって、これが可愛い、いいせんいってたじゃん、これでなぜもてないかって、発話能力欠如だね。まあ楽しかったし、いい人生でした、って、もうちょっと生きるけどさ。

 今日もわざわざ語るニュースなくて。 一つ。
「熊本産「大阿蘇牛乳」売り上げ急増 JR秋葉原駅ミルクスタンド脇 応援仕様の自販機で」(日本農業新聞)
 みなさまありがとうございます。私も関係ないといえばないけど、いちおう。牛乳は長骨を伸ばすよ、子供だけだけどさ。

 

 さて、今日は旧盆。うちは新盆だけど。
 過去ずっと盆と正月はオカルト話題で埋めてきましたが、幸いオカルトな謎はみんな解決して、今日は番外。
 話題が、団まりな「細胞の意思」、日本出版協会、2008.
 ま、基本面白いという感想なのでみなさまも読んでくださいませ。
 読まないとわからないけれど、紹介はめんどいので出版社説明。
 「外的変化にしなやかに対応しながら、的確に行動する細胞たちのけなげな姿を生き生きと描き、生命を分子メカニズムの総体ととらえる硬直した発想を超えて、細胞こそが自発性の根源であることを力強く打ち出す。」もの。
 しかし、おかしな点、2点。

 まずは、著者の書きようが、「細胞には意思がある」を基底としているので、どうしても要らぬ情報が入り込む。説明もだんだん神秘的になって嫌われる原因になってしまう。
 本来は意思があるじゃなくて、「すべて細胞には存在維持への志向性があり、この必要上取り込んだ他の細胞を、自己の存在維持の一部とする」というだけでいいのではないか。
 この立言の含意は、細胞の階統制の最重視である。外観上一つの生物体は、そのレベルまでの諸統合の過程で全ての構成細胞を階統制の下でなければ生きられないように構成しているので、階統制が生ずるというわけだ。
 この筆者には、別途「階層性の生物学(生物の複雑さを読む)」という著書(平凡社)もあるから、この点の配慮には問題ないが、次が問題。
 いつまでも下っ端細胞に自立した意思があるように叙述するので、そりゃ反対されて当然。(実は評判が悪いもよう)
 つまり、本来下っ端細胞は、その上位の細胞の存在維持に適した形を取れた時に、上位の細胞の一部と化するのであって、であれば上位の細胞に悪を及ぼす場合は「死ね」といわれている、と論理展開するのがふつう。この状況を、団氏は「自殺する」と表現するわけだが、存続志向があるものに自殺なんて志向性は持ちようがない。ある下位の細胞は、自爆用の爆弾を持つことを条件に統合せられているのである。

 なお、一般教養的に重要なことを付け加えると、このことの派生的立言として団氏は「遺伝するのはDNAとそれに乗った遺伝子」という主張の誤りを指摘する。そうではなく、遺伝で引き継がれるのはDNAを部品とする立場の”細胞”である、と主張するのである。たいへん論理的である。いいんじゃん? DNA遺伝したって誰も喜ばないからね、そんな主張はそもそもが変だったんだよ。ドーキンスなんかなんだかんだいったってキリスト教国民だからね、神の代わりが必要なのさ。
 ついでにいえば、竹内久美子は論外としても(訳者の)日髙敏隆だって読むに堪えない。評論家にはそもそも「発想」という変えられないものがあって、時代から取り残されるのだ。ま、ひとごとじゃない。