リベルテールの社会学

隈栄二郎のブログ ―生きている人間の自由とは、私の自由と、あなたの自由のことだ。そして社会科学とは、この人間の自由を実現する道具だ。

「価値観」視点と「賞賛・優越」視点の格差

 こんばんは。秋の花粉症が続いて眼がずいぶんとつらい。昔の方はご存じのように、わたしはアレルギーの薬も体に合わない。

 今週は香川県の直島に行ってきました、どう見ても岡山県ですが。「瀬戸内国際芸術祭」会場です。会場といっても3年に一度で、今年は外れてますが。私の好きな新潟「大地の芸術祭」の瀬戸内海版(の一部)。
 古民家などを改造したり、そこそこなビルをいくつも建てたりの美術エリアです。
 総評としては期待外れでした。拍子抜けが多すぎ。ちょっとお題に負けてるでしょ、という感じ、同じプロデューサーが関わってるというのですが、まあ、手抜きも特色といえるのかも。なんといっても歩いて回れるんだから、妻有みたいに運転免許のない人お断りとはならない。一方、持ち主への説得は大変でしょう、想像ですが。
 それでもビル物はよかったです、多くは安藤忠雄がらみのビルで、ビルはどうでも中身はそれなり。へええ、ちゅうかんじ。
 古民家地区は(本村といいます)実は城下町だって。知らずに行きましたがそう思っていった方がすっきりします、家々がなぜか立派。
 妻有のように知り合いがいたわけではないのですが、民宿やら「カフェ」やらが地元の方だったのでちょっと地元にひたれました。
 なんといっても芸術地区だから外人ばかり。あるいは日本人かと思えば外国人。日本人いない。ま、芸術に限らず旅行地はどこも外人ばかりだけど。で、これからマンダリンホテルが4つも建つって。
 みなさまにおかれましては民宿をおすすめします。朝食に困るけどね。店はどこもやってないし、やってるとネットがいう店も気の向くままで開かないし。
 パオ(日本製)というのにも(テントのでかいの)泊まってみましたが、何が悪いってトイレがない。外は土砂降りの雨だよ。モンゴルには雨が降らないんだろうねえ、それはそれで水に困るけど。

 世間話としては山崎カヲルが亡くなったと。女だって初めて知りました。
 え、男? だって紹介で出るのは女の写真ばかり、、男か。一瞬、変節?も女で給料稼ぐのに大変だったのかな、と同情したんだけどねえ。

 さて今日の本題。
 まずとっかかりは栗原亘他編『知の社会学の可能性』、学文社。なんでも私の好きな那須壽さんの退職記念本とのこと。
 でさ、この本の出版で社会学上の何が進んだんだろう。
 いや決して悪口じゃないんだけどね、だけどさ、ほんと進んだのは何?
 といった他人から見て悪口は毎度のことでこれ以上いうのは読んでる方に失礼なので、今日はちょっと書く視点を変えます、【基礎概念】カテゴリーに入れるのもおおげさだけどさ。

 そもそも隈行為論上の行為の原則である「賞賛と優越」による選択は、普通一般の常識社会学によると「価値観」にあたるものです。
 しかし、同じようだが常識社会学は間違っている。なぜか。行為者の「反省」を前提にしているからです。
 「賞賛と優越」は、社会という認識と行為者という認識をつなぐものです。「賞賛と優越」は、社会の成員が共通して持ちうると認識して社会分析に当たれる、もちろんその結果は隈の著作(とりわけ『解放行動の原理』以前の著作)に見られる成果が示しています。
 ところが「価値観」はそうではない。行為者の反省を前提としているから、社会のなかの行為者が反省する前の「志向」がなぜか、あるいはなにか、を語ることができない。

 たとえば、よりよい社会とは何か、これは価値観です。あるいは同様に行為者が認知している賞賛と優越の結果です。
 しかし、そもそもよりよい社会について語るという志向そのもの、あるいはそんなこと語る必要もない、という態度の前提、これは常識社会学上なんなのかしら。「そんなこと語らなくたっていいじゃん」「いやもちろんさ、だから語らないよ」、いいけどさ、その行為者上の根拠は何?
 なにと言われて考えて=いったん反省して、常識社会学上ようやくでてくるものが彼らの言う「価値観」です。そんな反省は実はありゃしないのに、いわれておずおずと提出する。
 思うに「価値観」概念には、それに価値があるという認識がついて回っている「はず」でしょ? 「価値」観だもの。
 で、なんで研究者Aはよりよい社会について語らないって? 語らないことが研究者Aの持つ価値なのか?
 常識社会学が観念論だ、といういわれです。

 本当は違う。研究者Aがよりよい社会について語らないのは、当該研究者Aの社交社会には当該事項に係る賞賛も優越もないからです。
 そう捉えて初めて社会学研究者は、彼の社会の特性について語ることができる。

 なんてささいなことまでわたしの金かかってる著作には書けないのだよ。
 退役社会学者は、もっと財産を使いなさい。

 

 といってテレビを見たら、「博士ちゃん」番組で、サンドイッチマンの富澤氏とチャンさんという人たちが子供(他称博士)の感動を見て泣いてたよ。いい人たちだねえ、、信頼できるよ。

 は、いいけど、君たちシュッツ系常識社会学者はそんなことまで「分析」したいのかい?? そんな多様な人間たちを叙述したいのかい? 社会学者が。

 全くわかんねえよ。そんなもん、心理学者が給料のためにやりゃいいだろうが。

 

 

ベープマット礼賛

 こんばんは。東京地方、まいど暗い日々、まれに日が照ると暑くって。
  曼殊沙華も終わり秋の虫は鳴き始めていますが、現状、最後のツクツク法師が、1,2匹。

 さて、一般の方には関係ありませんが、前回きた方あて、蚊取りは液体でなくベープマットなら4時間で蚊は根絶やしと述べたところ、じゃあ2時間は、と。2時間で消しても、その後すっかり被害も耳音も消えましたので情報の修正です。
 対象は、新しく買ったベープマットの機械に十数年前のベープマットソフトをセットしたものの居間・寝室の兼用。十数年前で問題なし。50年前初めてベープを見た時にみるみる蚊が落ちたのもありえそう。この十数年アースノーマットに切り替えてから効きゃしないんで、あれは夢かと思っておりました。
 もっともマット・ソフトでさえ臭いし薬も効く分余計に出てんだろうから、毎日一晩中つける気があればアースの液体のほうがいいかもね。
 以上、一般向け参考情報でした。
 なお、わたしゃ蚊が1m以内に存在すればどこであれ1分後には食われている体質のため、蚊取りもいろいろ試してみましたが、ほかにわざわざお教えするような情報はございません。

 というわけで、次、といっても特にないのですが。
 今週気づいたところによると、青魚の味はイワシ、サバは当然として、ニシンもおんなじだな、という。生じゃなくて塩処理するとね。
 まだしもアジ、サンマは生ならすごく違うからえらいようなもんだけど、不思議なことに塩して冷凍しちゃうと、そうとう同じだな。魚は生でなければ魚に失礼。
 そう思うとマグロやサワラがサバ科というのもおかしい、というか、サバだけサバ科から抜けばいいような気がする。

 さて、と。書こうとしたことが深入りしないうちに忘れてしまいました、今回は食事中のニュース・テーマだったからしょうがないね。
 で、まったく関係ありませんが、ただの世間話。
 どうしようもない現代社会学・哲学・心理学書の不出来の束の存在を違う位置から慰めてくれるライトノベルズ、評価が固まってまいりました。なんどもいったかしら、「0能者ミナト」と「おかえりの神様」シリーズ。この2者に決まり。
 これは本を買ってあってもいいなあ(私が読むのはすべて借り物)。なにがいいって、その世界に入っていいの。バカな実物世界にいたくない、ところ、ここにバカでない世界がある、これは救い。悪人が脇役レベルで偉そうな顔をする話は大嫌い。でもみんなもうちょっとストーリーから離れてほしいやね。作られた虚構世界が好きなだけで、詰まんないストーリーはどうせつまんないんだから存在感をなくして欲しい、、、というのは酔っ払いのざれごと、それじゃけなしてるみたいだ。でも知ってるストーリーはいかによくできていても読みゃあ価値は1回きりだよ。
 まあ、片方(社会系)がつまんなければもう片方(娯楽系)によらざるを得ない、というしごく人間的な私でした。