こんにちは。東京地方、すっかり新緑。花粉恐怖症で2、3週間近づかなかった裏山に行きましたら、もうタンポポも綿毛になっておりました。明日お休みの方は暑いですが新緑狩りはお奨めです。すぐ深緑になってしまいますし。
さて、このごろは週刊誌ニュースが面白すぎる。委託業者ががんばっているということでしょうが。新聞記者はなにをやっているんだろう。人手不足なのか人材不足なのか。どうもニュースがないわけではないようで、赤旗を見たら
「 衆院農林水産委員会は17日、森林の経営管理権を所有者から市町村に集積する森林 経営管理法案を日本共産党以外の賛成多数で可決しました。共産党の田村貴昭議員は質疑で、森林の健全育成に逆行すると批判しました。」(赤旗)だそうです。
しかし、共産党も意味不明。ジャマな土地所有権を制限する(いいから取り上げちまえ)のは当然のように思われますが。自民党が反対なら理屈だけど。
ま、自民党が賛成が変なのも理屈なだけで、本当は賛成も当然というもの。資本主義者の主義なんて「所有権の不可侵」じゃなくて、いかに都合よく儲かるか、だから。
この問題の全国民的ポイントは、『明日金にならなければ委託業者はつかない』という点にあると思うのだがいかが? これでは地元山林有力者が市町村にねじこんで金儲けで山はめちゃくちゃ。共産党とか山持ち選挙票向けのわけわかんないこと言ってないで、シンプルに言って欲しいもんだ。
新聞的には、朝日のコラム天声人語が交代して心配してましたが、「明日なき世界」高石友也のことが書いてありまして安心しました。そういう感性なら大丈夫でしょう。懐かしいね、50年ぶりだぜ。といっても今(?)はRCサクセションのそれのもよう。
残念ながらネットで「明日なき世界」を引くと、訳わかんない「批評」も出てるけどね。
そういえば、「防衛省統合幕僚監部の3等空佐が民進党の小西洋之参院議員に対して「おまえは国民の敵だ」などと暴言を浴びせました。」(赤旗)なんていう状況で「演説中の共産市議に暴行か 学生逮捕」ということも起きてますぜ。誰でも言うことは書かない方針ですが、大事だから注意を喚起しておきましょうね。だから軍隊に存在権なんて与えちゃいけないのです、現実が分かったかね、「憲法改正は論理上当然、自分は正しい」諸君。
さて本日褒めるのはA.G.フランク「世界資本主義とラテンアメリカ」。ご存知であればよいが、従属理論。
自分でモノを考えたこともない子供たちが、”フランク理論は歴史の進展で「まったく説得力を持たなくなる」(フォンセカ・アッシャーのHP)” などといってみたりしているが、優れた研究というものは乗り越えられるべきものであって、流行の行方で終わるものではない。
で、何が優れている、って、
「1 世界システムとしての資本主義は生来的に独占性を有しており,周辺従属衛星地域の〈経済余剰の収奪・領有〉によってシステムの中枢部に発展をもたらし,同時に周辺部に低開発をもたらした。
2 このような〈中枢―衛星分極化〉は,あたかも星座の連鎖体系のように国際面ならびに国内面に浸透しており,その結果ラテン・アメリカの辺境の農村までもが世界システムに包摂され収奪される。
3 このような〈低開発の発展 development of underdevelopment〉関係=構造は,商業資本主義,産業資本主義,帝国主義という資本主義の発展段階上の〈変化〉にもかかわらず一貫して〈連続〉している。」(以上、「独学ノート」様コピペ)
(これはフランクの『世界資本主義と低開発』からのもよう。こっちのほうがコピペに向いているようです)
さて、これはアミンやウォーラーステインより何倍もまし。なぜかというと実証志向だから。もちろん彼は何も実証はしていないけれど、空語ではないもの。ただ惜しむらくは、「国家」をそのまま実体的に捉えてしまったところ。マルキストだからしょうがないけどね。せっかく「国内的にも中枢と衛星がある」なんてとらえられるんだから、そこで一気に国家をばらさないといけなかったし、もしもばらせば彼には真実が把握できたというわけだ。資本主義は、グローバルなのだ。決してインタナショナルではない。だから「世界資本主義」なのに。
といっても前回もいったように、国家間にあって事態を決定する「勝利」は、資本主義ではなく、「国家」支配者の事情である。すなわち支配者の生理性と賞賛・優越である。ここが複雑。
支配者が圧倒的な国外商品に目がくらみ、かつ国内の産業育成に賞賛と優越を確保できないのであれば、その地域はまっしぐらに国外資本が欲する一次産品の生産に向かう。当たり前です。国内はそのために適合するように再編される。当たり前です。
支配者は、自己のために労働力が使われればそれでよいのであって、その労働力が何を生産するかは興味がない。たまたま一次産品がなければ、輸出商品を生産する工業を後押しするであろう。農業的土地所有者も、その国家支配が一円的で自己もその国家のうちに含まれている場合にあっては、馬鹿でない限り自己を守るものが国家であることを知っているのであって、自分の腹が痛まない限りにおいて、自分の土地の農業の発展ではなく、国家のトータルな発展を支援する。当たり前です。世の中と言うものは当たり前にできている。というか、『別に社会科学の訓練を受けたわけでもない人々が現実を一見して当たり前だと捉えうる枠組みの提出』 が、理論社会科学者の役割なのです。マルクス・エンゲルスの役割も然り。
なお、フランクが失敗した「国家」規定を再議すべきなのは隈理論を確立し表現している私ではない。「国家=資本家」と思い込んでいる主義者であり、だからマルクス主義者なのだよ。
またなお、ラテンアメリカはアフリカよりずいぶん明るくてよかったです。どこもきっぱりした植民地国家の歴史があるからね。せめて理論作業は明るくしたいもの。