リベルテールの社会学

隈栄二郎のブログ ―生きている人間の自由とは、私の自由と、あなたの自由のことだ。そして社会科学とは、この人間の自由を実現する道具だ。

アメリカ的被疎外人民の文体

 題長いか。

 アメリカと、その支配下にある日本自称諸「科学」の推奨する、いまじゃ、食ってこうとする大学院生が必ず採用する文体は、まず文の初めに結論。ついでその説明を1段落で、ということです。
 で、ちょっと前項をみてくださいな、前項では私が考えたことを時系列に沿って、「どう?ぼくはこう考えたんだけど、そう思わない?」と読者の皆さんに提起しました。
 ところがアメリカ軍はそうは思わない。「てめえがどうだろうが知るかよ、早く結論を言え。俺にはそれでいい。あとはこっちで判断するから早く失せろ。」

 てなもんでさあ。
 どうです、的確でしょう、彼らの発想の説明。

 彼らにはお友だちなんかいやしない、彼らにあるのは効率のみ。どこまで腐っているんだか。
 アメリカなんて民主的だと思ったら大間違い。(もっとも思わないのも歴史を知らない) 彼らは奴隷主と奴隷との文化を背負ってるんですよ。(一時期だけ、奴隷もインディアン狩も知らない北東部文化が制したことがある) その両者に共通なのは、「ファミリーさえ敵同士」という世界。
 お前が何を考えたかなんてどうでもいい! おりゃあ結論だけ知りたいんじゃあ! 結論を食ってもっとでっかい結論を吐いて世界をあっといわせてやるんじゃあ!! 俺が、ウッ、俺が、ウッツ、この俺がアあ!!!  、、、ゲ、下品。
 
 くだらん文体を称揚する日本アカデミスト氏には、ほんと、ば~か、というしかありませんな。職のため、とか断る良心的な人も少しだけはいますけどね。
 (もっとも私も毒されてますから採用し(ようとし)ますが。だからって、偉そうに称揚なんざしないさ)

 とにかく、アメリカやアメリカ軍統治下の地域にはいくもんじゃない。
 わるいけど、沖縄の日本加入は、沖縄人民の生活にとって、トータルにはよかったと思うよ。
 だからなんじゃい、ということは、あくまで別のことだけどね。

 というわけで、ちょっとウサを晴らしたところが、私への役(に立つこと。って1時間も使って、それでいいんか?)
 まあ、断片(=酔言)カテゴリーです。