リベルテールの社会学

隈栄二郎のブログ ―生きている人間の自由とは、私の自由と、あなたの自由のことだ。そして社会科学とは、この人間の自由を実現する道具だ。

国会質問のやり方

 こんばんは。
 昨日、帰ったら小泉の息子が国会で鳩山に質問してまして、なかなかそっちょくでよろしい。「あほか、おまえ」みたいに鳩山が答弁したのは、そんなもんかね、みたいなもんですが。
 goo記事によりますと
自民党小泉純一郎元首相の次男、進次郎氏が18日、衆院内閣委員会で初質問に立った。「鳩山政権の矛盾を突く」と意気込み、天下り問題などを1時間にわたり、新人らしからぬ落ち着いた対応で追及した。』

 ふんふん、で、上記には、間違った態度があります。
 それは何か。
 『矛盾を突く』ってとこでしてね。
 およそ国会というのは、他人の矛盾を突くところではありません。
 にいさん、「首相、郵政民営化がなにそれというのは、なんとかだと思いますが、どうお考えですか」みたいな調子なんだよね。
 小泉の息子はみてないでしょうが、読者諸氏がどっかの議員になるのでしたら、議会はそういうのはそういうとこじゃないんだ、ということを認識ください。

 どういうとこ?

 議会というのは、自分の見解を主張するところです。
 言い換えると、「鉄拳の代わりに」ツバを吐き散らしながら聞いている人間に新しい世界を認識させるところです。

 一般論ではなくて、国家なりその下部の議会では、ある特定の共有された価値観があります。
 たとえば、「日本国家のために尽くす」とか、「国民の福祉を守るのが建て前だろ」、という価値観です。
 この統一的な価値観のもとに、新しい自分が建築した世界を印象的にしゃべくる、それが代議士です。
 これはブルジョワ革命前夜でもかわりません。それを聞いて、傍聴人や、対立的な代議士も、あれれ、こいつは謹聴に値すると思う。本来のブルジョワ議会は同じ価値観に基づいてますから、対立党派にも理解できるんですよね。
 『どうお考えですか』、なんちゅうのは、ガキが扶養者に言う言葉。そんなものは
 
一切

 通用しません。だってそんな言葉、誰も聞いてねえもん。間違って答えたらおもしれえな、だけですよ。プロの議員はとりあえず話のとばぐちに使うだけ。
 ま、小泉の息子も育ちがいいから、それだけまじめなんですね。こうゆう真面目な人は、社民党にいかがですか?

 とゆうことを昨日聞いたので、もっと社会学的に書きましょうか、とイギリス議会議事録を探しに昼休みに近くの図書館にいったんですが、議事録がなくて、とゆうよりも、名誉革命近辺(以後)の本が一切なかった。あるのは、興味本位の民衆史ばかり。あとは時間の無駄なので、調べるのはやめ今日書いてしまいました。
 結局、歴史学等の成果も発表物である限り上部構造なんですよ。そりゃ阿部謹也以降、網野某以降の本は面白いし、それまで、その種の知識を得るのは大変でしたけどね。それだけ。