こんにちは。とうとう圧倒的に暑い夏が。一昨年の夏から全面的にクーラーのお世話になってるんで体がやわになって、冷房なしでいると吐き気がしてきます。
しかも人生面白いことないし。キーボードが見えないし。毎行手直し。
世間様ではお盆休みとあわせて、誰でも3連休以上ですか? どっか行きたいなあ。我慢ばかりでわずかでもいいことがないと、すぐぶちきれちゃうよ。動悸やめまいが増えてきたし。
毎日パソコンは詰まるし、ベロはアフタで痛いし。無事な人間は感謝しないといけません。
最近、声も出づらいので歌でも歌って口を動かそうかとギター掃除。そういや指先がやわになって弦を押さえられないんだったっけ、まあ少し固くするか、とギターを構えたら、おや、コードが動かない。指が位置をすっかり忘れてしまったようで。さらにベロが痛いし。やめました。
ニュース。
「感染36人の病院、マスク不足が原因か 繰り返し使用も」神戸市立中央病院(朝日新聞)
半年過ぎてもまだそんなこといってるよ。アベは当然の病院への手当てもしないでなにがGOTOか、といいたいところ。いまさらどうにもならないけどね。
にしても病院・施設関係者だけでも守らなくて、なんの正義か。「心」なしにどこの「日本が美しい」のだ。ま、いえばいうほど虚しいけどね。
『イソジン吉村』評判ですが、そりゃ政治家だから知識が多いわけでもなく、イソジンが殺菌薬だという知識がなければ舞い上がるのもしょうがない。しかし、ふつう、周りにそれくらいの常識がある人間もいるもんだが。それを止めないのは大阪府官僚がアホとしかいいようがない。世の中、おべんちゃら取り巻きに利口がいたためしがない。という経験則からは、一回りしてアホで固めた本人のせいになるんだけどね。
おお、久しぶりにコロナを話題にしてしまった。体調の悪い季節に。
ついでに
「インターネット上で患者や家族への誹謗(ひぼう)中傷やデマ情報の書き込みが相次いでいることから、鳥取県は、悪質な書き込みや画像を保存する対策を始める。被害者が名誉毀損(きそん)などで訴訟を起こす際に、証拠品として保存したデータを提供する。」(朝日新聞)
行政権力のくせに、なんとなく下品だねえ。ま、下司相手じゃしょうがないか。
さて、本日は、江原由美子「装置としての性支配」。論文集なので、とくに中の「「社会的権力」の理論化はいかにして可能なのか」。
人のいい江原氏が人の悪い上野千鶴子氏と論争をして勝たれないという可哀そうな破目に。 ご当人は、唯物派(上野)に対して「文化派」ときめつけられて悔しがっておられますが、理論がないのではそれもしょうがない。95年の本なので、その後本人が作られたかどうかは知りませんが、「物象化」だの「主観性」だの『客観的実在」だの「文化・イデオロギー・規範」の並列化だの、哲学的「社会学」用語を並べている限り、できてはいないことでしょう。誰のせいって、まあ師匠のせいとでもしておきますか。師匠しらんけど。
というわけで、不肖隈、すぐ加勢したげるというわけですが、しかし女性差別だけじゃあ重さが低いので、障害者差別を除く一般差別論に2年みております。で、それまでに私が死んじゃうとなんなので、方向だけ若い皆様にお伝えしておこうかと思います。
さて、まずは、権力です。もちろん行為者の主体的行為の邪魔をする人間の努力が、一番ナマな権力ですから、まず、個人に対する権力のありかさえ見出せばいい。
しかしそのありかが事情で変わり権力が出たり消えたりするから、ついで、その変更主体の事情を見出して、さらにその事情が変わる要因と様相を見出せばいい。見出したら、その変更要因を被抑圧者が触る(操作する)にはどうしたらいいかを見出せばいい。
前提は、第1に、権力は家庭内や生産共同体内に発生しつつ、資本主義社会においては国家から生産関係を通して供給・合流される、ということです。第2に、被抑圧者に影響するナマの権力は、国家武力と生産関係の動きによって、発生もするが消滅もする。ということです。従って哲学的社会学派に権力は扱えません。上野がふんぞりかえる所以です。
といって、「物質派」なるものが正しいわけではない。現実の問題は、被抑圧者個人に対する諸差別者の行動の集積のことなのであり、これをどうにかすべきだという意図がおおもとなのだがら、土台-上部構造論などを語ることには何の意味もない。
しかし、こんな事情の裁量は、唯物論者なら隈の行為論を使えば簡単です。
ただし、その簡単さの邪魔をする既存のマルクス主義や哲学的「社会学」理論をどうやって排除するか、これが努力の2割を占め、ついでに差別も扱えないイデオロギー社会学(ふつうの社会学のことです)も批判しようと思ってるので、こっちが少し大変、努力の5割を占めそう。というわけで、だから2年もかかるのです。
という一般論の確立の中で、じゃあ女性差別を例証にとって動かしてみる、女性差別をなくす操作を思考する、という、こちらは男にはいたって簡単。しかしてこれで約束宣言は完了。ちなみに隈は男です。
なぜ女には難しいかというと、今は、人間は自分のことは視えない、という処世的な一般論でまとめておきましょう。正しく言うと、我がフリなどみていないというわけです。その結果、どこまで動かすと残りは差別ではなく性差か、判断がつかないということです。人間、自分が今言っていることしか考えられないし。まあ大方の論争などそんなつまんないものです。
というわけで、私なら2年。いや、理論上誰にでもできるので、皆さんやってみてください。そしたらもう私は、どっか素敵な旅行して、コロナして死んじゃうかな。