こんにちは。景色はもう夏ですね。違うのは気温が追いついてないことだけ。これはとても大事ですが。
夏だと海水浴に行きたがる気になる子供がうらやましい。砂は暑いし水は冷たいし着替えは面倒だし。で海行ってもすることなしじゃねえ。
さて前回はとっても長くなってしまったので反省して短く。って今日出かけるからもありますが。
まずは、役に立つかなブログ。電話機の「シャープを押してください」って録音が言うやつのボタン、ハッシュタグのハッシュなんだって、知らなかった。常識? わたしそもそもハッシュタグって知らないから。
両者は縦2本と横2本の斜め度が逆なんだって。後半、by朝日新聞。シャープもフラットも元々はBの変形なんだって。byウィキ。で、ハッシュは元々はlb(リブラ=重さのポンド)に横線を引いたものなんだって。byウィキ。でも読み方はシャープでいいんだって。byウィキ。わけわからん。ま、役には立たないか。
あんまりウィキペディア使うとwikiの「カンパしろコール」が無視できなくなるね。
で、ニュースは、例の「老後2000万円報告書」。まあ年金制度がどうのというのは代議士連中に任すとして、わからないのがこの2000万円を生むための資産形成だの運用だのという、報告書擁護論者の言う「報告書の本体」。ま、本体は「なくなった」そうなので、なくなったという言い訳もすごいが、ともかく、なんでそんな社会が不景気になる話をするのかねえ。「年金が足りないんじゃ今から貯金しなきゃ」って、庶民にそれ以外の対応ってある? そんなの消費税を2%上げる比じゃない景気減速だぜ。投資ったって、そもそも企業に使い途がありゃあこんな低金利のはずないんだから。使い途もない奴らに投資したって良くて株価が上がるだけじゃないか。それもネズミ講と一緒。投資が続かなければ会社が潰れてパー。結局、一時上昇で儲かる既存の株式富豪と証券会社の手先以外の何者でもない。こんな報告書など消えてよい。経済の麻生としても望むところだろう、こいつの他人のせいにする癖は軽蔑の対象だが。ついでに、擁護者がおためごかしに「報告書は投資者の認知症対策を訴えてもいる」とか書いてあるが、老いぼれに投資を訴えているのは同業者じゃねえか。こういうのは擁護じゃなくて自己弁護だね。
本来の経済施策は、庶民には年齢を問わず貯金はさせない。使わせる。それには収入を回収して介護や失業の貯金を不要にさせる施策をして、絶対使ってくれる低所得者に回す以外にはない。ついでに使わない資本家たちから取ることも忘れないよう。
これじゃ赤旗と同じか?
ネット赤旗の見出しを見る限り、赤旗にこんな立派なことは書いていないはずだが、まあ明日書かれても違和感はないか。みんなが好きな北欧施策だし。
じゃあ赤旗の書かないことを書いておきましょう。
「そんなに資本を過剰にさせると、資本主義は一発で沈没するぞ、気をつけろよ」。
というわけで本題。シンプルに経済の仕組みを見てみましょう。
労働は商品を作り、商品の総価格は、それに費やした不変資本(機械・原料)と、賃金による購入額と、次の投資の原資額とで基礎づけられます。
わかんない? マルキストはそうは言わないからね。
ここで生産価格と市場価格は同じとして、商品1万個の総価格が1億円だとしますと、これは不変資本の労働提供者がもらうべき8千個の8千万円と、直接の労働者の賃金による取り返しが1千個で、額は1千万円と、次の投資のための(可変資本と不変資本の)1千万円です、資本家の消費額もあるけど。さてこの場合商品1個は1万円です。それ以上だと当該労働者は賃金で取り戻せません。理屈上は残ったこの1千個分は未来の労働者が購買によって払うのです、在庫を5年後に売り終わるとしてもいい。さてこのとき、投資額の1千万円が使われずにしぼんで消えたら、この事情はどうなるでしょうか? 売れる予定の1千万は客に買う財力がないので売れません。買えない将来の労働者1千人は生活に困り、さらに投資のない企業は競争によりつぶれます。
ここで、実際には1千万の内300万は課長や部長の取り分で、これが貯金され銀行を通して投資に回るわけですが、使われないなら同じことです。
さて、この1千万が幸か不幸か使われ、さらに生産力が上がったとしましょう。
商品1万個の総価格が生産力増加で5000万円だとしますと、これは不変資本の労働提供者がもらうべき2千個の1千万円と、直接の労働者の賃金による取り返しが労働者は少なくて済むので500人で1人2個で、額は500万円と、次の投資のための(可変資本と不変資本の)3500万円です、資本家の消費額もあるけど。さてこのとき、投資額の3500万円が使われずにしぼんで消えたら、この事情はどうなるでしょうか? 売れる予定の7000個は売れません。この売れない7000個分の商品は、人が買えずに困るかというと、そもそもそんなに要りはしない。企業は商品を捨てるだけ。さらに投資もできない企業は競争によりつぶれます。そのうえ、もう商品は要らないとはいえ、3500万円は次の不変資本がもらえるはずの金額です。そこで働いてもらえるはずの賃金がもらえなければ不変資本の従事労働者は何も買うことができません。
だんだん状況が悪化する。これを生産と消費の矛盾といいます。やっとマルキストと一致するコトバが出ました。
とはいえずっと上に書いた言葉の最後の「気をつけろ」というのは資本主義に同情したわけではなく、まだ世界には矛盾のしわ寄せができる後進国が控えているので「気をつければ済む」というわけです。実際には生産と消費の矛盾を諸国民経済の分化が支えるので、恐慌は発現しないのです(P.S.翌週追加説明しました)。それでは、これが済まなくなったらどうすればいいでしょうか? 上に戻れば簡単。売ろうとするから矛盾が生ずる。そのまま労働者に渡せば丸く収まる。これ以上要らなければ作らなければいいし、作るなら投資すればよい、というバカバカしい話で。資本なんて人々が使う分だけあればよい。こういう人間の意思の経済を「社会主義経済」というわけですが、国家計画の放棄と一緒に、世間じゃあそんな経済運営技術の研鑽も忘れ果てているようで。
さあて、で、何がいいたいかといえば、こんな簡単な理屈も、賃金と利潤と資本「金」しか語彙のない近経諸君にはわかりはしないだろうということで。資本の取り分が多いとなぜ資本主義が崩壊するか、そんなこと近経ないし若人の習う「現代経済学」では何も説明できやしない。情けないもんだね、と私は思うぞ。なんちゅうと、「いや有効需要を喚起すれば」とか、どうせまるっきりの机上の空論。みんな買わねえから現実に困ってんだろうが。「それでも買えば」って、ば~~か。どこのパラノイアが老後資金もなしに狭い1Kの部屋を洋服で埋めるのか。金がなきゃあそんな偏執もできゃあしないんだよ。あるいは別の奢侈品を生産すればいいとか、そんな奢侈品は金がなきゃ買えないんだよ。当該生産労働者は自分の相当賃金で誰も買わない奢侈品を買って飢えて死ねってか。空論は止めて「そういうことは起きません、賭けますか?」とか率直にいうならそれはそれ、どっちが現実か、だからね、審判は歴史に任せようじゃないか。
話は戻って、労働価値論から言えば、私のようなアダム・スミス主義者(せいぜいリカード)的な認識があればこんなことは書けるので、マルクスが偉いわけではありません、不変資本・可変資本はマルクスの用語ですが。まずはみんなイデオロギーは越えて、アダム・スミスに戻るのがよろしいのでは?
なんていうとそらみたことかと喜ぶだけの不勉強の輩もいるので、資本の動きを可視的に文字化したのはマルクスだけの功績だ、と付け加えておきましょう。それ以上の意義を期待してはいけない、と言っているだけで。さらにそれを広めて社会学徒にも読ませてくれたのは、マルキストの功績です。なんか今日の朝日新聞にも些細な事実を棒大に表現してマルクスを貶めている歴史屋がいたし。さらに、恐慌論を除く宇野弘蔵はなんといっても本質的で偉い。