こんばんは。良い季節ですね。虫は飛ぶけど蚊は飛ばない、風は吹くけど屋根は飛ばない。こんな季節はもっと長いといいのですが。
こんな日はブログなんかどうでも、理論に沈潜できまして、って考えるわけじゃなくて、「読書」なる楽々な時間消化の手立て探しで、国際価値論。
そんなもんと上部構造論とどんな関係があるのか、ってそこは風と桶屋。深く関係するのですね、もっとも本の部分としては5行を越えることはありませんが。でもこれで6冊は読みたいもの。ほんと、5行のためにぜいたくな時間の使い方。
さて本日は上記でわかるように精神的に疲れたので役に立つ記事はありません。アルバイトほんとに来月で辞められるかなあ、、、いいことないね。
以上。
さて、連休も終わり、読書も気晴らし。世の中、松原隆一郎というときどき経済評論を書いている普通の東大教授がいまして、この人が武道ヲタク。図書館でおもしろげな本を借りると嘉納治五郎のことが書いてある。かいつまんでいうと、嘉納氏、柔道者はどんな武術を取り入れようとなんでも可だが、武道をする野蛮人に精神教育を施したかったんだと、嘉納氏にかこつけて昨今の武道不祥事を非難している。わたし的には嘉納なんて、神聖な武道を国家主義に取り込んだくだらないやつという認識でしたが、そういわれてみると、確かに柔道家のまわりは今の不祥事者以上のただの野蛮人なのだから、そういう意味もあるんだな、と、やはり過去の人間はその時代を考えないと公平には評価できませんね。ちょっと嘉納を見直してあげました。嘉納ったって、ただのガキだし。
もっとも話は変わるようですが、著者の話をすると、松原氏の実戦武道志向はそれはそれで「そうじゃないだろ」って気がします。
武道っていうのは実践に即しているから武道的、あるいは武術的なわけじゃないですよね。ほんとずっと考え続けてきて、結論的にそう思います。
剣道で言えば毎日2時間、真剣の刃を見続けたものが、見ただけであっても本当に実戦で勝つ。
そうゆうもんでしょう。実戦的、ってどんなケンカをする気かな?
私的にはたかだか剣道選手権優勝のガキなどなにも怖くない。 嘘つけって、なに、はじめに目潰しくらわしたらガキなんかおしまい。
そういう問題か? って、実戦てそういう問題でしょう。
しかし人を十人も切ったやつとは実戦したくないと思います。やつら殺人者は目が違う。昔は、恐ろしい世の中ですが、そんなのがテレビに出てたんですよ。
ちなみに、松原氏によるさらなる新情報。なんでも昔は高専柔道というものがあって、柔道専科の専門家ではない、ただの生徒という素人が勝つために、ヒーロー以外は寝技引き込みで引き分けが本来だったそうで。じつは父ちゃんの(他人による?)自慢がそれで。旧制高校で寝技引き分け。うちの父ちゃんはそんな弱いのかと残念に思っておりましたが、(弱い方ながら)主流の成果であったと知り、これもちょっと見直しました。 父ちゃん、四方突き(五方当て? 腰落としてましたが)はなかなか決まってましたし。嘉納の講道館柔道は空手にも合気道にも剣道にも、なんにでも対応できなきゃいけなかった由。
なんつうつまんない日常に感動をもたらすのはやはり「名探偵コナン」ですね。
単純素朴とはいえ、そんな素朴なストーリーに感動を覚えないのはよほど疎外されているのでは、と思うところ。
もっとも権力志向ではこんなのに感動するのは無理だろうしねえ。疎外と権力については「歴史としての支配」で縷々展開したところではありますが、縷々ったって狭いスペースですがともかく、実はこうゆうのは性格ってもんがあるよね。パーソナリティではなく生来の生理的反応様式ね。
これも「疎外されやすい性格」といえば整合性がとれるわけですが、まあ、人間の存在ですから性格の影響があるのはしょうがない。ともかく、面白いマンガ。出始めの昔は 「金田一少年の事件簿」 のほうがまともだと思ったけどね。人間成長もするのです。作者のことね。
この前は85巻を借りられましたが、もうすでに収拾がつかないと断言できますね。未完のライフワーク確定、といったところ。それもよし、と思います。他人事ですが。