こんばんは。今日は東京地方27℃、これは暑いわ。天気が悪い間に自宅散歩道の山吹も散ってしまって。とはいえ春だからつぎからつぎへと咲いていきます。嫌いな蚊もでてきたし、花粉もフルフルで飛んでます、蚊はうるさいし鼻水は出るし夜寝にくくって。
さて世間話。
「東京の税収、突出していない」 小池都知事、改めて国をけん制」(毎日新聞)
小池が言うには「東京が非常に税収が高いというイメージがあるが、決して突出しているわけではなく、むしろ中ぐらいだ」だと。
『人口1人あたりの一般財源額』比較の言い訳のようだね。こういうのを屁理屈という。
トータルが巨大なら余る「ちょっと余っただけの」金も巨大なのだよ。それは首長の趣味と見識で使いほうだい。金持ちや会社には還元しなくて済むから、さらにいっそう「余る」のだ。
国もわかったら国家地方の財源を根底からひっくりかえしゃあいいんだ。
さてきょうはおしゃべり2件から。
「「協力しないなら出て行く」トランプが突きつけた米軍撤退カード、在日・在韓まで射程に入った」(有馬侑之介 によるストーリー )
こういうのはバカなふりして脅したつもりのただのアメリカのスパイか、ただのバカか、難しい判断だね。
出ていきゃあいいじゃん。早く出ていけ。人民はこまりゃあしない。
も一つ。
「エスカレーターの2列乗り、定着しないワケ」(中国新聞デジタル)
「行政や業界団体は「歩行禁止で両側立ち」を呼びかけている。なかなか改まらない現状を、専門家は「同調圧力、同調思考の典型例」と指摘している。」
なにをいってんだか。
おめえらのほうが「同調圧力」じゃねえか。正義に同調するのが当然思考。愛知や埼玉の田舎じゃあんめえし、東京でちんたらエスカレーターしてるやつが会社について働けるものか。
それだけのことさ。東京で右手でベルトにつかまってる障碍者に文句つけてるサラリーマンなどみたことねえや。人間、だれにいわれなくても「正義警察」よりは他人のこと考えているぜ。
つまんないことは書かなくしたんじゃないか、って、それがさ、「同調」以外生きたこともないやつが生意気に同調圧力とかいうからさ。
きょうも夜だから遠慮なく書くけど、だいたい世間じゃ「戦争は絶対やってはいけない」系の発言が多すぎないか?
いや正しく言えば「責任のある発言に比して無責任なそれが多すぎ」というわけだけれど、ようするにみんな言いたいから言ってるという、ただのSNS症候群。
そんなのウヨの「普通の戦争国家」待望論となにも変わらない。ま、ウヨごときの脅しが民間レベルでは通じる情けない世の中なんだけどね。でも、国家権力への影響に関してはおんなじ。
「いや変わる」って、おんなじ。口でなに言ってたって、自衛隊総司令官高市が「戦争するぞ」って言や、戦争するじゃん。徴兵され、あるいは子供、孫を国家に生贄(いけにえ)に差し出し。君、しない? うそ。だから意味ない。
なに、ウヨだって一緒さ。「俺らだって戦争したくないのは同じだ」っていってるぞ、おまえら頭の代わりに口が2つあるのか、みたいなもんだ。スパイ法案で検挙されるのは20年後のお前そのものだぞ。法律は支配者のもので、自立して人民を殺すのだ。
ともかく、この2種の「言いたいこと」の差異は、ただたんにどれだけ「左右の同調圧力に寄与するか」ということだけ。
ま、「同調」なんて社会科学用語じゃないけどね、平たく言えば同調でもいいや。
じゃあお前はしないのか、って、しねえよ。アメリカ軍や中国軍がきたら痛い目に合わせるだけ。戦争は勝とうとするから戦争だ。ただの殺し合いのことは戦闘という。死ぬのは戦闘員だけ。なんどもいったぜ。「国家」を前面に出せば、罪もない人民の母親も子供たちも、死んでいくのだ、いや死にゆく私にも罪なんかないのだが。なんてことを説明しなくて済む、現実を見ろといえば終わりなのは、現代における不幸中のメリットか。ここでもちろん、そういうからにはメリットにしなきゃあいけないんだぜ、責任ということを知らない40歳以下の子供諸君。
しょうがねえな、人民が自民党その他の戦争勢力がいいというんだから。負けて痛い目にあってくれたまえ。おいらはもう死んでるし。
ところでさ、ここんとこ世のユートピア小説をいくつも読んでるんだけど、平和憲法の思想ってH.G.ウェルズの宣伝によるんだってよ、知ってた? あの『透明人間』とか『宇宙戦争』のウェルズ。
『解放された世界』岩波文庫の訳者浜野輝氏が書いていた。
もっとも原案は世界大戦(第1次)で負けた国で現実化させて、ついで全国家から軍備をなくして、国連だけ軍備を持つ、って案だけどね、これを世界中を飛び回って第2次大戦終結時のアメリカにも広めたそうな。もっとも国連は二つとも「普通の国家」同士の構成になって失意のうちに亡くなったとか。
やるねえ、と思いました。ばかばかしい? そんなこといっても社会科学者じゃないからねえ。そのぐらい努力したらばかばかしくたって許したくなりまする。こういうのが責任ある行動という。