リベルテールの社会学

隈栄二郎のブログ ―生きている人間の自由とは、私の自由と、あなたの自由のことだ。そして社会科学とは、この人間の自由を実現する道具だ。

産業社会学よもやま話

 こんにちは。東京地方、もう梅雨のよう、ジメジメジメジメ、なのに日・月が晴れの予定なので梅雨入り宣言はしないのだ、と。ごまかしだね。それでも一時ヤブ蚊がストップしてるのでうれしいです。そんな存在があったのだと夏になると思い出す。
 
 さて、新垣等の結婚のおかげで、どんぎつねのCMをネットで見ました。おもしろいじゃあないか。知ってる? どん兵衛きつねうどんの宣伝。知ってるよね。私は知らなかった。面白いCMってほとんど夜中9時以降にやるんだよね。9時は夜中じゃないって? しんない。ともかくCMは本番組より面白い。便利だねえ、youtubeって。
 てゆうか、今日の新聞によるとNHK調査で、10代20代の半分は平日15分以上テレビ見てないんだってさ。これはびっくり。わたし以上(以下)じゃん。もっともNHK調査だしね、視聴料抗議のウソかも。ま、今はスポーツ中継やらないしね。
 元に戻って、きつねどん兵衛。わたしはうどんがあまり好きでないので食べた記憶がありません。記憶がないだけですが。天そばの食べ比べはしましたが、緑のたぬきの勝ち。どんべえ、塩辛い。だしがどうとかっていって、本体塩じゃないの?
 
 ついでに、本日の役に立つブログ、ハッシュドビーフ・ルーの調理の仕方。
 以前にハヤシのルーが薬臭くて、とぼやいたことがありますが、どの会社のルーも同じように臭いことを見ると(嗅ぐと)、あれは玉ねぎの焦げと小麦粉の焦げが混ざった匂いだろうか、とも思います。
 ともあれ、この臭さの回避方法。4人分につきトマト液を100cc入れる。
 私は便利なトマトジュースで。
 もちろんトマト缶をたくさん入れれば美味しくなるでしょうが、それはハッシュドビーフではありません。
 この量ぐらいだとハヤシの味はそのまま、軽く酸味が付くのですが、それより臭みがほとんどなくなります。お薦め。
 なお、完熟トマトの、、、というルーもありますが、同じく臭いのでそのままではだめですよ。
 
 というわけで、本日もニュースを無視してオタク話。こういう標題はもちろん私には関係が薄いのですが、残念ながら人間自分のことは見えない。偏見に満ちた他人がはためで語ることにも、その最中を過ごした人の公正な意見とは違った意義があるのです。
 って、昔の産業社会学の本を読んで、これらの(意味のない)論は一体なんだったのかな。と思って。
 
 本日のとっかかりは
 深谷昌弘・田中茂範「コトバの〈意味づけ論〉」・ 深田智・仲本康一郎「概念化と意味の世界」。 
 言語学? いや、深い意味はなくて、注に入れ込もうかと思って借りてきたのです、が。
 こうした認知言語学の進展というのは、社会学構成主義と一緒で、学の末期的症状だなあ、と。マルキストでいえば、中野徹三の唯物史観修正。生産関係が生活過程に矮小化される事態。立派に学問仕事をしていることは認めますが、これではすべての学は「日常の言語化」に回帰するしかない。言語化とはただ、「コトバにした」というだけの意味です。日常をいくら詳細な言葉にしてくれたところで、我々人間には余計なお世話でしょ。我々行為者は、何のためにそんなコトバを読まなければいけないのか。「言語学」にしてみれば、これでは主語も述語も係助詞も概念も、すべて意味がなくなるわけです。つまり、およそ言語比較のためのすべての構制が消えてなくなる、それだけのマイナスの意義しかない。
 生活過程論が唯物史観崩壊以前に消えたように、認知言語学も先行きここ10年の命じゃないかね。この後は理論への評論と市井の現象への評論作業にしぼんでいく、しかないのでは?
 ま、それは他人事。
 そこで省みすればわが社会学。ちょっと戦後の歴史を振り返ります。
 昭和29年まで生まれの人間は、家柄エリートや私立中学校生以外の子弟は、常に貧困の中、あるいは貧困と背中合わせの生活をしていたわけです。彼らには学問エリートとして貧困を廃絶させなければならない潜在意識がある。そうした全体状況もわからない「68、9年闘争評論家」など、箸にも棒にもかかるわけがない。は、いいとして、だから当時の学者予備軍も、社会科学的学問であればその選択先はマルクス主義経済学に行くか、あるいはもう少し知的に見える社会学に行くか、二択だった。隈の理論にあるように、そこにこそ社会からの賞賛と優越があったのは、名を為した学者とて同じことです。
 といっても昭和10年生まれまでの学者とは要するに家柄エリートと地域エリートですから、貧困者とは「身分」の違う者です。決して左翼的な運動が好きなわけではありません。この点が社会学というマルキズムに対抗する使命を持つ学問とフィットした。幸い相手の政治主義者自体は知的ではありませんでしたので、それはたいした苦労ではなかったのですが、世間の同情は貧困者にありますから、ソ連崩壊までは彼らの威勢の良さに足をすくわれないように始終気を使わなければなりませんでした。それが70年代の産業社会学、農村社会学の「イライラした」文面を規定するわけです。
 さて、その衣鉢を継いだ戦後生まれは、「なんか違ったんだけど、、」と思いながらももう遅く、学の伝統の承継をもっぱらとせざるを得ず、学的成果の斜陽化が始まります。 
 時は移り、後進国収奪による労働貴族化とソ連崩壊と学者のエイジングも進んでいきます。問題の析出と解決の方途を失い大枠の崩れ去った学的対象は、それこそ「論」としてではなく、人びとへの語りとしての生活過程となっていきます。 
 そうこうしているうちに、マルキストは元よりリベラルの産業・地域社会学者も消え果てしまいました。残ったのが構成主義です。実証派の生活過程調査との奇妙な一致も生じて、わたしには理解不能な学問的意図と、日常に埋没した学生諸君との共同作業で今のところ存在しているわけです。
 ほんと、無理してアカデミズムに残らないでよかった。
 偏見がひどい? じゃあこの50年前の諸論て何?