リベルテールの社会学

隈栄二郎のブログ ―生きている人間の自由とは、私の自由と、あなたの自由のことだ。そして社会科学とは、この人間の自由を実現する道具だ。

生きてるので

 こんにちは。日本全国梅雨ですね。東京地方もそこそこ降って、雨もそこそこの雨量降らないと紫陽花は映えない、と気づきました。基本、晴れ男なので、外出でこんな雨量は今年初めて、ってたいして降ってませんが。
 紫陽花にはカタツムリがつきもの。ネット情報で知ったかぶりが「かたつむりは紫陽花にはいない、それは都市伝説」とか書いてありますが、「都市」ではそうかもしれませんが、生まれてこの方わたしが住む東京地方「郊外」ではどこでも、紫陽花の葉には必ずカタツムリがいます。今日も父ちゃんが子供とカタツムリ遊びをしてました。

 ところで私の300円のビニールジャンプ傘、ぶっこわれてしまいましたよ、ガシッとかいって。骨が集まってる中央部品が破壊してしまった。黒い柄がついてコンビニで売ってるやつ。まあ選べないからお教えしてもしょうがないね。
 
 さてニュース。
 「長引くマスク生活で化粧品が売れない…販売店の悲鳴 くすむ未来「回復の兆しすらない」」(福井新聞
 え。ほんと? 売上3割減だってさ。理屈はわかるけど、先週行った玉川Tデパート化粧品売り場では、相変わらずの様子だな、と思ったんだけれど。売り子さんもそこそこいて。あれは暇だから近所のブースの店員さんが集まってたのかしら。(なお、デパート現場担当者様はどうせ大学出たてで世間のことなど知らないと思いますが、世間というものは売り場が人間的でないと納得しません。温かさ優しさ華やかさ。これが、見たらポツネンとした孤立した係員しかいない売り場ならどうでしょうか、売れるものも売れません。、、、ということをあわてて書き足しました。ほんと、子どもの世話は大変。)
 
 オリンピックもとうとう観客入れてやるそうで、チャンスのある人はともかく早くワクチンを1回は打ったほうが良いですよ、濃厚接触でとばっちりを食うからね、打てる道は探すと案外あるでしょう。何しろオリンピックの定義は、世界中から人が来て「競技すること」じゃなくて「その競技を見て騒ぎまくる」ことだから。
 2回打つべきかは知りません。わたしゃ1回目でとても気分が悪かった、私の場合インフルエンザワクチンでもだけど。2回はいやだなあ、、、
 それにしても最近の総理大臣は偉くなったね、自分の意見をゴリ押しして。まるで大統領じゃないか。私が生まれてから20年前までは各大臣の任命権者というだけだったんだよ。
 支配権力者の強さは、支配者たちの平面の社会過程で決まるからね。そんなのたかだか社会学の領域だけど、誰も書かないね、発想さえないからだね。
 
 発想と言えば、エツイオーニ(という社会学者)をネットで探してたらこんなのがあって、発想に驚き。
 「畑本 裕介 (慶應義塾大学
「、、、ギデンズの場合には、明らかにシステム、ひいては社会の安定を軽視する傾向がある。誤解を恐れずにいえば、主体的行為(agency)の能力に期待するあまり、社会の変革には目が向くが、もう一つの重要な価値である社会の安定には目が向いていない。つまり、ある場合には重要となってくる選択肢を放棄してしまっているのである。
 よって、新たにこれを補う理論を求める必要がある。主体的行為に代表される行為者の自律性とバランスを取るために、社会秩序の安定についても同時に考察していかなければならない。」
 社会の安定!! 社会学会の報告要旨でどうということではないのですが、発想ね。いくら慶應でも40年前までならありえない。世の中に幸せな人が増えている、ということでしょうかね、20年前の発表だけど。でも今日はオタク話なし。
 
 NHKニュースで、聾者との会話で、リアルタイムで字幕処理がされるパネルができたっていうのがありました。たとえば会話相手の間に透明パネルを立てとくと、そこにしゃべった文字がずらずらっと並ぶの。おお。これは応用が効きそうだし、よさげなもの、と。話をメモ紙に書いていくのは慣れない人だと大変。
 作者鈴木一平氏、筑波大学、まだ若いの。悪名高い筑波でも特殊教育(障害者教育)は別格だな、と解釈したら、ちがくて、統合した図書館短大(=情報大学)の流れの人のようでした。図書館短大、善良だからね。もっとも特殊教育学の出身者と交流したからで出来たみたいですが。ま、これで社会が少しでも住みやすくなれば素晴らしい。
  
 さてなんかもう夕方だよ。
 オタク仕事も順調です。なんとかあと1年生きてられたらね。